日産・ブルーバード

2代目410系1963年式 - 810系1976年式 -

ブルーバード (BLUEBIRD) は日産自動車が1959年から2001年まで生産・販売していた乗用車。

第二次世界大戦前から続く、10-17型、戦後のDA型、DB型、などのダットサンブランドのセダンの系譜を引き継いでいるが、メカニズム的に直系とされているのは、オースチンと提携以降のダットサン・セダン110 / 210型系(210は直列4気筒OHV C型 988cc搭載)である。日本の代表的なミドルセダンとして、またタクシー用の車種としても親しまれた。最大の競合車種はトヨタ・コロナ。1960年代から1970年代にかけ、コロナとブルーバードが繰り広げた熾烈な販売競争は「BC戦争」といわれた。愛好者間での通称は「ブル」。現在は、ブルーバードシルフィが事実上の後継車種として販売されている。

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歴史

初代 310型系(1959年 - 1963年)

発売当時の名称は「ダットサン・ブルーバード」。ダットサン系の本格的な量産型乗用車としては最初の前輪独立懸架採用車となり、在来ダットサンの固定軸に比べて格段に乗り心地や操縦性を改善した。ボディタイプは4ドアセダンのみ。グレード構成は、1000ccはSTD、1200ccはSTDとDX。スタイリングは当時日産の社内デザイナーの佐藤章蔵によるもので、世界的トレンドにはやや遅れたデザインではあったが、全体に中庸を得たスタイルで機能性が高く、市場の反応は良好だった。セミモノコックボディと低床式ラダーフレームとを組合せて軽量化と強度確保を図る。主要部品の多くはダットサントラックとの共用で、十分な信頼性を備えていた。乗車定員は当初4名であったが、1959年10月に後部座席寸法を3人がけ可能に変更して5名となった。エンジンは先代のダットサン・セダン210型から踏襲された「C1型」(水冷 直列4気筒 OHV 988cc 34PS / 4,400rpm)を主力に設定。後にストロークを再拡大し、1189cc ( 43PS / 4,400rpm ) とした「E1型」も設定(P311 / WP311型)した。いずれも技術提携先のイギリス・BMC社製オースチンB系エンジンをベースとしたストローク変更のバリエーションである。1200ccクラスのE1型エンジン設定の理由は、輸出主戦場と目されたアメリカ合衆国で当時成功を収めていた同クラスのフォルクスワーゲン・ビートルに対抗した性能確保が目的であった。当時の日産の主力車種としてモータリゼーションの潮流に与し、4年間に渡るモデルライフを通して良好な販売実績を示した。

  • 1959年8月 - 発売。
  • 1960年7月 - 日本初となるエステートワゴン追加。
  • 1960年10月 - マイナーチェンジで出力増強が図られ、1000ccC1型43馬力、E1型1200ccは55PS/4,800rpmに変更され、311型となった。同時にトランスミッションが日本初のフルシンクロメッシュとなり、フロントグリルにはこれを示すエンブレムが与えられた。
  • 1961年2月 - 日本初の女性仕様車である、「ファンシーデラックス」が追加。ウインカー作動時に鳴るオルゴール、カーテン、サンバイザー組み込みのバニティーミラー、傘立て、ハイヒール立てなど36点もの専用装備があった。
  • 1961年8月 - マイナーチェンジでフロントグリル、テールランプ、メーターパネルの意匠が変更され、312型となった。この型よりトランクリッドの開閉がキー操作で開き、閉じるとロックされる構造になる。
  • 1962年4月 - 「サキソマット」のオートクラッチがオプション設定。
  • 1962年9月 - マイナーチェンジでもフロントグリル、テールランプの意匠、フロントスタビライザーが変更。
  • 1962年12月 - フロントシートにセパレートシートを設定。
  • 1963年 - 「サファリラリー」に参戦するが、2台とも完走とはならなかった。

2代目 410型系(1963年 - 1967年)

SSSが設定された初めてのモデルでもある。日産初のフル・モノコック構造の車体を採用、当初のボディタイプは、4ドアのセダンとエステートワゴンのみ。先代に引き続き北米輸出が図られたほか、新たに欧州へ輸出されている。スタイリングはピニンファリーナによるものであったが、欧州調の尻下がりラインが不評で、販売台数で初めてコロナにリードを許す。エンジンは当初先代からのキャリーオーバーであるC型1000cc45馬力とE型1200cc55馬力であったが、電源は310系までの直流発電機(ダイナモ)から、交流発電機(オルタネーター)に変更し、発電性能を向上させている。トランスミッションは310型系以来のフルシンクロの3速MTで、1200ccには「サキソマット」のオートクラッチの設定もあった。グレード構成は、1000ccはSTD、1200ccはSTDとDX、ファンシーDX、エステートワゴン。

  • 1963年9月 - 発売。
  • 1964年3月 - ブルーバード初のスポーツモデルとなる「1200SS(スポーツセダン)」を追加。E型1200ccにSUツインキャブ65馬力のエンジン搭載。
  • 1964年9月 - マイナーチェンジでフロントグリルの意匠を変更。1000ccモデルが廃止され、2ドアセダンが追加。
  • 1965年1月 - リクライニングシート車設定。
  • 1965年2月 - 「2ドア1200SS」追加。
  • 1965年5月 - マイナーチェンジで411型となった。また、1200ccモデルは1300ccJ型62馬力に変更となり、電装系をマイナスアースに変更。1300バンを追加。同時に「1600SSS」を追加。SUツインキャブ付き1600ccR型90馬力のエンジン、ポルシェシンクロの4段ミッションを装備。
  • 1966年 - メキシコ日産のクエルナバカ工場にて生産を開始。
  • 1966年4月 - マイナーチェンジで、評判の良くなかった尻下がりのボディ形状を改める大幅な変更を行った。この変更でテールランプが独特の形状であった通称「鍵テール」 から平凡な形状に変更された。「1300SS」と「1600SSS」は専用フロントグリルに前輪ディスクブレーキを装備。
  • 1966年6月 - ボルグワーナー製の3速オートマチック設定。

モータースポーツ

  • 1965年3月 - 「第4回ナショナルストックカーレース」(於: 川口オートレース場ダートコース)スポーツマンクラスにて「1200SS」が優勝。ドライバーは長谷見昌弘。
サファリラリー
  • 1964年 - 4台で参戦したが、リタイア。
  • 1965年 - 3台で参戦したが、リタイア。
  • 1966年4月 - 「第14回東アフリカサファリラリー」に4台の「1300SSS」(1299cc)で参戦。グリンリー/ダンク組が5位で完走し、クラス優勝。
モンテカルロラリー
  • 1965年 - 1台参戦、リタイア。
  • 1966年 - 1台参戦、総合59位。
  • 1967年 - 3台参戦、総合58位、2台リタイア。

3代目 510型系(1967年 - 1972年)

ブルーバードの歴代シリーズの中で後の910型と共に成功を収めたモデルである。1966年にはダットサンのエントリーモデルとして、1000ccクラスの大衆車、ダットサン・サニーが発売されていたことから、ブルーバードは1300cc以上の中級モデルとして上位移行し、ボディは大型化される。当初のボディタイプは2ドア / 4ドアセダン、4ドアワゴン / 4ドアバンの4種類。社内デザイナーによる「スーパーソニックライン」と称する、直線的で彫りの深いシャープなデザインとなった。従来装備されていたフロントドアガラスの三角窓は、換気装置の強化により省略された。メカニズムはオースチンの影響が強かった410系までに比べて一新されている。エンジンは新開発の水冷直列4気筒 SOHCのL型で、1300ccのL13型と1600ccのL16型を積んだSSSのラインアップだった。サスペンションは日産初の四輪独立懸架(フロント:マクファーソン・ストラット、リア:セミトレーリングアーム)を採用。セミトレーリングアームのドライブシャフト伸縮には直前に日産と合併されていたプリンス自動車が「グロリア」後輪のド・ディオンアクスルに使用していた「ボール・スプライン」の技術を利用している。日本国内では他社に先駆けた先進的設計と斬新なスタイリングをアピールし、オーソドックスな後輪車軸懸架構造ながらデラックスな装備を売りにするトヨペット・コロナとの「BC戦争」を競り合った。日本国外では、廉価でありながら欧州車並みに高度なスペックを備えた魅力的なセダンとして「プアマンズ・BMW」との評を得、史上初めて北米市場でヒットした日本車ともなった。

  • 1967年8月 - 発売。
  • 1968年10月 - マイナーチェンジでワイパーピボット位置、フロントグリル、リアコンビネーションランプ形状を変更。直列4気筒SOHC L16型(1595cc)搭載モデル「ダイナミックシリーズ」を追加。DXに4速マニュアルフロアシフト車追加。
  • 1968年11月 - コロナハードトップに対抗した2ドアクーペを追加。
  • 1969年9月 - 一部改良。北米の安全基準に合わせ、衝撃吸収ダッシュボードを採用。ラジオアンテナはAピラーへ移動。
  • 1970年9月 - 一部改良。直列4気筒SOHC L18型 (1770cc) を搭載した1800SSS発売。1300cc → 1400ccへ拡大。4ドアセダンGLを追加。
  • 1971年9 月 - ブルーバードU(610型系)の発表に伴い車種整理。クーペとセダン1800ccを廃止してセダン1400/1600ccの廉価グレードのみとなり、「幸 せの1400」のCMキャッチフレーズでブルーバードU(610型系)との併売へ。この時期に至っても市場からの人気は高かった。
  • 1972年12月 - 510型系生産終了。

モータースポーツ

  • 1970年 - 「第18回東アフリカサファリラリー」にて総合・チーム優勝の2冠達成。「ラリーの日産」のイメージを確立する。石原プロモーションにより映画『栄光への5000キロ』 が制作される。なお、この映画の撮影は1969年の17回サファリの際に行われ、ゼッケン90番のロケ車が実際のラリーに出走、総合5位に入賞した。ドラ イバーは18,19回優勝者のハーマン/シュラー組である.これは、このロケ車での活躍を日産ワークスが評価して起用したものである。

4代目 610型系(1971年 - 1976年)

車格の上級移行により、車体は大型化、当時の風潮に沿った曲面基調でアクの強いデザインとなり、車名も「U」のサブネームが付いた「ブルーバードU」となった。なお、従来の510型系は、2ドアセダン/4ドアセダンの1400ccと1600ccの廉価モデルのみが1972年12月まで継続生産され、併売されていた。なお、ブルーバードUでは、カタログモデルとしてのタクシー仕様(営業車)は設定されなかった。グレードは、STD、DX、GL、SSS、SSS-L、SSS-Eが設定され、ボディタイプは、4ドアセダン、2ドアハードトップ、ワゴン、バンの4種類。セダン、ハードトップはサイドウインドウ下の「Jライン」と称するガーニッシュが特徴であり、その色は標準のダークグレーのほか、外板色が白の場合Jラインは黒となり、紺メタリックではオレンジ色も選べた。

2000GTシリーズ

直列6気筒2000ccのL20型を搭載、ホイールベースを150mm延長し、フロントオーバーハングを55mm延長したロングノーズの2000GTシリーズのGT、GT-E、GT-X、GT-XEが追加設定される。ポンティアックを思わせる処理のフロント周りと、特にスカットル部のエアアウトレット風の処理はサメのエラを連想させるデザインであった。マイナーチェンジ車は、オイルショック・排気ガス規制で売れ行きが伸びなかった。

  • 1971年8月 - 発売。
  • 1972年8月 - 一部改良で、EGIを1600ccにも設定。
  • 1973年8月 - マイナーチェンジでフロントグリル周辺、リアコンビランプの意匠を変更。
  • 1975年9月 - 2000 EGI車が、10月に1600、1800、2000のキャブレター仕様車が50年排出ガス規制に適合。
  • 1976年2月 - 2000 EGI車が、3月に1600、1800 EGI車が51年排出ガス規制に適合。

モータースポーツ

サファリラリー
  • 1972年 - 1台が参戦し、総合12位。
  • 1973年 - 2台が参戦し、総合2位・4位、チーム優勝。

5代目 810型系(1976年 - 1979年)

オイルショックや排気ガス規制対 応のため登場が遅くなり、販売不振のため次期モデル910型系の登場が早まるなど、わずか3年4ヶ月の生産に留まった。キャッチフレーズは「ヘビーデュー ティ」であったが、引き続きのサイズ肥大化の一方で、排気ガス対策とこれに伴う性能低下対処が最優先されたモデルであった。ボディタイプはセダン、2ドア ハードトップ、バンで、輸出用にワゴンが存在。ロングノーズの6気筒2000ccモデルはG6シリーズとして続投。また、610型系では設定されなかった タクシー仕様車(L18型搭載)が復活。エンジンは51年排出ガス規制に適合した直列4気筒のL16 / L18型、直列6気筒のL20型をラインナップ。足回りは、前輪がマクファーソンストラットとコイルスプリングであったが、後輪はSSS系とG6シリーズはセミトレーリングアームとコイルスプリングを踏襲したものの、GL / DX系は低コストのリーフリジッドサスペンションとなった。

  • 1976年7月 - 発売。
  • 1977年10月 - 一部改良でセダン / ハードトップのGL / DX系のリアサスペンションを4リンク式に変更。トランクリッドの BLUEBIRD エンブレムは廃止。1800はZ18型エンジンに変更。
  • 1978年9月 - マイナーチェンジで811型となり、全車53年排出ガス規制適合となる。角型4灯ヘッドライトを採用(タクシー仕様のSTD / DXを除く)。また、ロングノーズで4気筒エンジン搭載のG4シリーズ(リアサスペンションはGL系と同じ4リンク式)と最上級車として2000G6E-F / G6-F / 1800GFを新設。
  • 1979年3月 - ブルーバード20周年記念車の「スピリット20」ではブルーバード史上初のサンルーフを設定。また、タクシーには日本国内初3速フロアオートマチック車が設定され、角型4灯ライトのGLを追加。同時にエンジンも53年排出ガス規制適合のZ18Pとなる。
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  • 補聴器は、アンプ・調節ともにデジタルな「フルデジタル補聴器」である。補聴器の電源としては主に空気亜鉛電池が使用されている。